がばおの知識と雑学

がばおが知っていることを公開します

どうもこんにちはがばおです
日々雑感

なぜ生きる

なぜ生きるのか、という問いに対して僕は何の答えも持ち合わせていない。

 

なぜ生きるのか僕にはわからない。

死にたいわけではない。死にたくはない。

 

つらいことがあるわけでもない。

現在の生活には満足している。

友達もある程度はいるし、家族との仲もいい。恋人もいる。

 

でもなんだろう、なんとなく暇。

暇で退屈でぼんやりと日々をやり過ごしている。

 

なんだろうこの感じ。

 

 

死にブログ

どうも。お久しぶりです。がばおうです。

 

このブログを読んでいる人はほとんどいないと思います。なぜなら、ブログ開設以来アクセス数がゼロ行進してるから。言ってみれば、誰もいない虚無の空間に向かって独り言をぶつぶつつぶやいているだけなんです。

 

なぜこんなにも人気がないのか。考えられる原因は3つです。

 

①記事数が異様に少ない

②内容がつまらない

③その他

 

おそらく、①「アップ数が異様に少ない」と②「内容がつまらない」は妥当だと思います。まず、4年弱ブログやっているのに、記事数はたったの8。約40ヵ月に8本だから、5ヵ月に1本の計算になります。ふらっと気が向いたときに立ち寄るくらいの感覚でやってますね。あと、内容はマジでつまらない。一体私は何に興味があって何が好きなのか。人柄がまったく見えてこない。プロフィール紹介にある生物進化の話なんてほとんど書いたことがないし。いやはや。

 

③「その他」は何でしょうかね。考えるのが面倒くさくなってきたので止めます。

 

とまあ、こんな感じで、これからはちゃんと書評でも書いていこうかと思っていますが、誰か読んでくれる人がいるのかどうか。どうすればいいのでしょうか。

誰も彼もサルなのだ

最近はサルのことばっかり考えてたから、動物と人間の違いとか類似点とか、共生とか、そんでも殺し殺される関係なのよとか、そんなことも考えてたりする。とはいえ、サルがヒトに近いのは当たり前のことのように思えるけど、我々の世界認識はいつだって言語だから、言語たるものを持たないサルたちの見る世界は、我々とは全く違うはず。チンパンジーだって言語のプロトタイプのようなものすら持ってないし。と思うのであった。

 

サルはかわいい。それはヒトに懐くとか懐かないとか以前の問題で、つまるところ、サルは我々人類の思い出なのです。なんていう進歩史観的進化論。みたいだけど、他の個体を思いやったり、恐れたり、気のある風を見せたり、つっけんどんにしてみたり、悩めるサルたちを見てると、これぞ青春だったよな、なんて気がする。言語を持たないサルたちだけど、こういうところは人間と同じだよね。他者との関係で一喜一憂してる、それが我々霊長類ひいては動物というものなのだ。

いつも心に太陽を

大阪の街に来てから二年が過ぎた。大阪の街に来てから二年が過ぎ去った。

 

僕は成長しただろうか。両親のもとで暮らしていたあのころよりも、強くたくましく生きているのだろうか。

 

そう言い切れる自信はない。変わったと言えば変わったし、実際のところ何一つ成長も変化もしていないと言われればその通りである。

走る ビール 妄想

午後5時から万博公園の周りをランニングした。なぜだかわからないが、いつもよりも走っている人が少なかったような気がした。木曜の夕方に走りたいと思う人はまれなのだろうか。空は晴れてコンディションは最高だった。

僕にとって最適なランニングの時間はご飯前である。とくに夕飯前はよい。さらに、夏だと最高である。日が傾きかけてきた頃、ランニングシャツとハーフパンツ、カシオの腕時計、ナイキのシューズを身に付けて外に出る。蝉の声が遠くに聞こえる。お気に入りのコースを快適な速度で走る。気温が高いものだから、帰ってくる頃には全身から汗が噴き出ている。疲労感が気持ちいい。すぐに服を脱いで風呂に入る。もちろんのことあらかじめ湯船に水を張っておく。締めくくりはビールである。そして8時には寝る。至高。

これではまるで中年の会社勤めのおっさんである。私は20歳の大学生だ。内面が老いている。なんてことだ。

しかし、走るのは気持ちが良い。走っている最中にする妄想も楽しい。身体を動かしているとき、人は前向きになれる。

 

雑感1

定期的になにか言い続けないと発狂してしまいそうなので、仕方なしに日々思っていることなどをこれから述べたいと思います。誤解してほしくないのは、以下書き記すことは私が「仕方なしに」言っているだけだということです。言っても言わなくてもいいという類のことではなく、これを言わないと文字通り私が死んでしまうのです。ですので、別に他人に読んでもらおうなどとは猫の毛ほども考えておりません。流してもらって構いませんのであしからず。

 

ではなぜこんなところに思いを述べるのか、他人に読んでほしくないならブログを開設する必要すらないではないかと思う人もいるでしょう。まったくもってその通りです。ブログで自らの顔も明かさずつらつら文章を書きしたためるなんて、まったくもって恥ずかしいことです。そもそも、誰かに読んでもらいたいがために文章(あるいは、歌でも踊りでも絵でも、それが自己表現の手段であるならば)を発表するなんて、狂気の沙汰ではありませんか。恥の極み、エゴの塊、なんて情けないことでしょう。そうでもしないと自己を保っていられないのでしょうね。

 

なんてのも本当はどうでもいいことです。人生にとって大切なことなんてこれっぽっちもありやしない。私は別に、絶望とか屈辱とか苦難とかを指しているわけではありません。人生は偶発的で、それ以上でもそれ以下でもない。それがゆえに、生きる目的は各々が自由に設定するだけのことだ、ないならないで皆目構わない、と考えております。それだけの話です。